夏月夜十景 第三景

佐々木喜善さんを取り上げました。
水野葉舟さんという詩人の方の紹介で柳田國男さんと出会い自身の故郷に伝わる話を語り伝えたのが彼です。そしてそれが「遠野物語」として出版されました。最初は自費出版だったそうです。
柳田さんにに初めて会ったのは、明治41年(1908)11月4日のことだったそうで、喜善さんの日記には「学校から帰ってゐると水野が来て共柳田さんの処へ行った。お化話をして帰って」と書かれているとのこと。
訛りのきつい実直そうな青年の語るこの「お化話」を柳田さんは「すべて事実である」とした上で、文語調に改めて書き進めていったそうです。
以下、今回の朗読劇で抜粋した部分を紹介します。

女1 明治29年6月15日午後7時32分、岩手県上閉伊郡釜石町(現在の釜石市)東方沖200キロメートルの三陸沖を震源として発生した「明治三陸地震」。マグニチュード8.2から8.5の巨大地震であった。

     男1と男2、女3は退場。
     男3と女2は読んでいた本をテーブルの上に置き、違う本を手に取り読み始めた。

男3 夏の初め、霧のしきたる夜なりしが、その霧の中より男女二人の者の近よるを見れば、女はまさしく亡くなりしわが妻なり。思わずその跡をつけて、名を呼びたるに、振り返りてにこと笑いたり。男はとみればこれも同じ里の者にて海嘯の難に死せし者なり。自分が婿に入りし以前に互いに深く心を通わせたりと聞きし男なり。今はこの人と夫婦になりてありというに、子供は可愛くはないのかといえば、女は少しく顔の色を変えて泣きたり。
女2 死したる人と物いうとは思われずして、悲しく情なくなりたれば足元を見てありし間に、男女は再び足早にそこを立ち退きて、小浦へ行く道の山かげを巡り見えずなりたり。追いかけて見たりしがふと死したる者なりしと心づき、夜明けまで道中に立ちて考え、朝になりて帰りたり。その後久しく煩いたりといえり。

女1 この日、2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震前まで、一一五年間、本州に於ける観測史上最高の遡上高であった海抜38.2メートルを記録する津波が発生、甚大な被害を与えた。死者・行方不明者は2万1,959人、家屋流失は9,878戸、家屋全壊は1844戸、船舶流失は6,930隻であった。

     男3と女3は、読み終えた本をテーブルに戻した。

128年前のちょうど今頃。亡くなられた方のご冥福を祈ります。

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